ぼくのりりっくのぼうよみの素顔と名前の由来

ぼくのりりっくのぼうよみを知ったのはワイドなショーで古市さんが才能がある若者として紹介していたからです。

ずいぶんと変わった名前だなと思いYouTubeで曲を聴いてみました。

 

なるほど。これは人気が出そうだ。PVもとってもいい感じです。女の子がとっても可愛い。池田エライザさんというそうです。後、男性も二人出てるのですが一人は池田大さんで、もう一人は吉村界人さんです。池田大さんはセカイノオワリのサオリさんの結婚相手でその報道で知りました。

 

このプロモーションビデオの設定は18から20歳くらいだと思うのですが、たしか池田大さんは30歳くらいだったような。

 

さて、そうしてPVを見てるとYoutubeがぼくのりりっくのぼうよみの他の動画を勧めてくるようになり、その中にちょっとしたインタビュー動画がありました。たぶんめざましテレビのコーナーだと思います。

 

いうまでもなく「ぼくのりりっくのぼうよみ」というのは本名ではなくアーチスト名でバンドではなく一人です。コーネリアスがバンドではなく小山田圭吾さんだけというのと同じですね。

 

ちなみに小沢健二さんとのユニットバンド「フリッパーズギター」を解散した後にそれぞれソロになったわけですが、小山田圭吾さんが「小山田圭吾」という名前ではなくコーネリアスというバンドっぱい名前にしたのはコンサートでグッズを作りにくいからとか。確かに「小山田圭吾」と書いたTシャツは売れないかも。

 

さて、ぼくのりりっくのぼうよみさんの話に戻りますが、なんとなく曲の感じ、歌詞、ぼくのりりっくのぼうよみの風貌からとんがった若者っぽい人かなというイメージがあったのですが、インタビューを見て全然印象が変わりました。

ずいぶんと感じのいい若者でした。ハキハキ元気一杯という感じではさすがにないのですが、少し恥ずかしながらインタビューに答えてる素顔は想像と違い誠実な若者でした。

 

番組では「楽曲からのクールな印象とは違いホンワカとした男の子」と紹介されました。

 

ぼくのりりっくのぼうよみという名前の由来ですが、一番最初に曲を作った頃、すごく棒読みだったんでということ。

その後、名前を変える機会を逃し今に至っているそうですが38歳になってぼくのりりっくのぼうよみと名乗ってたらヤバくないてますか?と言ってました。

 

「なんとお呼びすればよろしいのですか」と聞かれ略称は「ぼくりり」と答えてました。

 

ぼくのりりっくのぼうよみさんは歌詞が優れており、文学界という文芸雑誌でエッセイも書いています。ちなみに文学界の出版は今をときめく文藝春秋。これでスキャンダルも問題なしですね。

 

デビューした時は高校生で大学受験前でした。模試の国語で全国模試一位になったこともあるほど頭がいいそうで東大を志望されていました。ただ、残念ながら東大は不合格で別の大学に進学したようです。番組では東大化学問題集を手に持っている写真が出てたので理系なんでしょうかね。

 

番組では国語の小テストもやっていたのですが答えに「もはや便宜上の名前で活動するしかない」と回答し「ご自身のことですか」と聞かれ「そうです」と答えてました。

 

短いインタビューでしたがぼくのりりっくのぼうよみさんのホンワカした人柄が伝わってきました。全然、音楽活動をしている姿と違ってましたので大学でも普通の学生として過ごしてそうですね。